最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)937号 判決 1976年10月21日
上告人
尾上亀雄
右訴訟代理人
菊池嘉太義
被上告人
井ノ口重光
右訴訟代理人
梶原暢二
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人菊池嘉太義の上告理由について
被上告人は、昭和三八年一月六日亡松本道利に対し一五〇万円を貸与し、上告人外一名がその連帯保証をしたと主張して、松本道利の相続人ら及び上告人を共同被告として該債務の履行を求める訴訟(松山地裁大洲支部昭和四一年(ワ)第一八号損害賠償請求事件)を提起したところ、右相続人らは被上告人の請求原因事実を争つたが、上告人はこれを認めたので、上告人に関する弁論が分離され、昭和四一年一〇月二六日被上告人の上告人に対する請求を認容する旨の判決がされ、同判決は同年一一月一二日確定した。
他方、右相続人らに対する関係では審理の結果請求原因事実が認められず、昭和四四年一二月三日被上告人の右相続人らに対する請求を棄却する旨の判決がされ、同判決に対しては被上告人から適法な控訴の申立がされたが、控訴審の口頭弁論期日に当事者双方が欠席したことにより昭和四五年八月二六日右控訴が取り下げられたものとみなされた結果、右判決は確定するに至つた。
以上は、原審の適法に確定するところであつて、被上告人と右相続人ら間の右判決騰本である甲第一号証(同号証の成立については、当事者間に争いがないものとされている。)によると、被上告人の右相続人らに対する請求が棄却された理由は、被相続人である亡松本道利の被上告人に対する主債務の成立が否定されたためであることが明らかであり、原審の右認定の趣旨もここにあるものと解される。
所論は、要するに、上告人に対する前記判決は連帯保証債務の履行を命ずるものであるところ、その主債務は、右判決確定後、主債務関係の当事者である被上告人と右相続人ら間の確定判決により不存在と確定されたから、上告人は、連帯保証債務の附従性に基づき請求異議の訴により自己に対する前記判決の執行力の排除を求めることができる筋合であると主張する。そこで案ずるに、一般に保証人が、債権者からの保証債務履行請求訴訟において、主債務者勝訴の確定判決を援用することにより保証人勝訴の判決を導きうると解せられるにしても、保証人がすでに保証人敗訴の確定判決を受けているときは、保証人敗訴の判決確定後に主債務者勝訴の判決が確定しても、同判決が保証人敗訴の確定判決の基礎となつた事実審口頭弁論終結の時までに生じた事実を理由としてされている以上、保証人は右主債務者勝訴の確定判決を保証人敗訴の確定判決に対する請求異議の事由にする余地はないものと解すべきである。けだし、保証人が主債務者勝訴の確定判決を援用することが許されるにしても、これは、右確定判決の既判力が保証人に拡張されることに基づくものではないと解すべきであり、また、保証人は、保証人敗訴の確定判決の効力として、その判決の基礎となつた事実審口頭弁論終結の時までに提出できたにもかかわらず提出しなかつた事実に基づいてもはや債権者の権利を争うことは許されないと解すべきところ、保証人敗訴判決の確定後においても主債務者勝訴の確定判決があつても、その勝訴の理由が保証人敗訴判決の基礎となつた事実審口頭弁論の終結後に生じた事由に基づくものでない限り、この主債務者勝訴判決を援用して、保証人敗訴の確定判決に対する請求異議事由とするのを認めることは、実質的には前記保証人敗訴の確定判決の効力により保証人が主張することのできない事実に基づいて再び債権者の権利を争うことを容認するのとなんら異なるところがないといえるからである。
そして、原審認定の前記事実に照らせば、本件は連帯保証人である上告人において主債務者勝訴の確定判決を援用することが許されない場合であるというべきであるから、上告人の右援用を否定した原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(岸盛一 下田武三 岸上康夫 団藤重光)
上告代理人菊地嘉太義の上告理由
第二審判決(以下原判決と云ふ)は上告人が、
被上告人(井ノ口重光)の訴外松本千年外三名に対する貸金請求の訴訟に於て、主債務者たる松本千年外三名が、勝訴判決を得、両者間に債権債務のないことが確定したから、右債務につき、保証人だつた上告人は、保証債務の附従性から、支払義務がないとして、請求異議の訴により被上告人の上告人に対する保証債務の確定判決の執行力の排除を求めたの対し民事訴訟法は、対立当事者間の紛争を相対的に解決することを目的とするものであり、且現実の訴訟に於ては、弁論主義がとられ、判決の効力を第三者に及ぼすことは、その利益を不当に害するおそれがあるから、確定判決の効力は対立当事者である原告被告と、それと同視すべき地位にあるものにのみ及ぶのであつて、それ以外の第三者には及ばない、(民訴法第二〇一条)このことは、実体法上、保証債務が、主たる債務に附従し、主たる債務が消滅すれば、保証債務も消滅する関係にあるからと云つて異なるものではない。保証人は右確定判決の当事者、又は、それと同視すべき地位にあるものではないし、実体法上、保証債務は、主たる債務の存在を前提とし、之に附従するものではあるけれども、主たる債務と保証債務は別個独立の債務であり、訴訟において、債権者と主たる債務者の間の紛争と、債権者と保証人との間の紛争とを別異に解決することは何ら妨げない、従つて、主たる債務が存在しない旨の確定判決があつても、それは債権者と主たる債務者との間において、主たる債務が存在しないことが確定したるにとどまり、これがため保証人に対して為された確定判決に効力が及ぶものではない旨認定し、上告人の原審に於ける主張を排斥し上告人(被控訴人)の請求を棄却する旨判決しているが、之は民事訴訟法第二〇一条の解釈を誤つたもので、判決に影響を及ぼすことが明らかであると思料するので、左にその理由を述べる。
第一点
一、原判決は、民事訴訟法第二〇一条第二項の存在していることを忘れている、原判決も認めている様に、既判力の相対性の規定は、民事訴訟法が、弁論主義を採用し、当事者の訴訟遂行の巧拙によつて結果が左右されるばかりでなく、判決が、必ずしも実体的真実と合致する保証はないから、訴訟上自己の利益を護るためにも、手続に関与せず、手続上の地位の保証のない第三者の利益を保護する必要から設けられたものである、従つて、紛争の無用の反覆、裁判所の負担軽減、求償の循環を避けるためにも、第三者利益、裁判を受ける権利を害さない限度において、既判力は広くあるべきものである、民事訴訟法第二〇一条第二項は
他人の為原告又は被告となつた者に対する確定判決は其の他人に対しても効力を有す
と規定されている、従来、此の他人の為原告又は被告となつたものと云う意味は、破産手続における破産管財人、遺言における遺言執行者の如く、訴訟担当者と云う意味に解せられているが、之のみに限るとの法的根拠はなく、要は、他人の利益、他人の裁判を受ける権利を侵害しないかどうかである、云う迄もなく、保証債務は、主債務が免除され、弁済されて消滅すれば消滅すると云う附従性を有し、主債務に依存して居り、主債務のないところに保証債務はなく、債権者と主債務者との訴訟は、保証債務存立のためによつて立つ土台の訴訟であり、その根斡の訴訟であつて、その争点は債権者と債務者、債権者と保証人間において、主債務の存否と云う争点で共通であり、否寧ろ同一である、保証人は保証をしたが故に、債権者から追及されるおそれがあり、保証人が弁済すれば、主債務者は保証人から求償されるから主債務の存否は、主債務者に取つても保証人に取つても、極めて重大である、それ故、主債務者は、債権者との訴訟において、保証人の為めにも、訴訟をしていてくれるのであり、主債務者の訴訟手続に於ける攻防は、実質的には、保証人の分まで含んでいるものと云うべく、債権者も亦保証人に対する保証債権保全のためにも、債権の存在することを極力主張し戦かつたのであるから、最早債権者も、債権の存否に就いて裁判を受ける権利は侵されていないし、又保証人は、主債務者勝訴の判決の既判力が及んでも利益こそなれ、決して、保証人の利益を害したことにはならない、従つて、此の主債務者の勝訴判決は、民事訴訟法第二〇一条第二項によつて保証人に対し、既判力の効力が及ぶものと解しても、決して、不当ではない、こゝで思い起こすことは、ベルンハルト・ドクトリンの原理である、此の原理は、判決の既判力は
1 同一の訴訟原因によつて新訴を排除する
2 或る訴訟が、訴訟原因に基いても、前の訴訟におけると同一の争点を含むならば、既判力は、此の争点を再度提起することを阻止する
と云うことであり、今や既判力の限界は、相対性とか、関係人とか云う概念ではなく、むしろ、争点の同一と、前訴訟当事者の不当不利益の有無が基準となつている、之に牴触しない限り、前の訴訟で裁判されたものと同一事項について、後の訴訟において、前の訴訟当事者に対し、既判力の援用できるものは、必ずしも、前の訴訟当事者であつたことを要しないとするのである。今や米国では、相対性の厳格な要求から離脱する傾向にあり、今ベルンハルト・ドクトリンは米国では既に法となつている。我民事訴訟法には、第二〇一条第二項に便利な規定があるのであるから、此の規定を活用することができるのであつて、同一争点について、第三者の利益を害しない限り、無用な訴訟手続を反覆することは避くべきである。
二、更に原判決の不当なことを実例を以て示せば債権者が、主債務者及保証人に対し、貸金請求の訴を提起し、保証人は保証の事実を認め、敗訴の判決を受け確定した、主債務者は、実は、訴訟となる以前において、或は、訴訟中、債務を弁済し、借用証の返還を受けないで弁済を受けた旨の受領証を貰つたが、之を紛失したため、証人を立てて債務の不在を主張し、抗争している内、右紛失していた受領書を発見し、之を乙第一号証として提出し、勝訴の判決を受けた、然るに、債権者は、保証人に対し、確定判決に基いて強制執行を行い、その弁済を受けた、債権者は債務者と保証人から二重取りをしたことになる、そこで、保証人は、主債務者に求償することになるが、主債務者が債務を弁済したことを理由に求償を拒絶すれば、保証人は求償権に基き主債務者に対し、保証債務償還請求の訴を提起するだろう。そして、主債務者が民法の規定に従つて求償に応ずる義務ありとして敗訴すれば、主債務者は二重取りをした債権者に対し、不当利得又は損害賠償請求の訴を提起することになり、訴訟の無用な循還を来し、不合理である。
保証人が、敗訴の確定判決を受けたため、任意にその保証債務を弁済したとき、債権者は形式的には債務名義により、保証人に対し、強制執行を為し得るが、債務がないのであるから、実質的には強制執行は為し得ない、若し強制執行が為された場合、請求異議の訴により、之を排除することができる、このことは、主債務者が、弁済しても同様の関係に在る、ところが、債権者が確証により弁済を受けたとして、主債務者が勝訴の判決を受けたときのみ、既判力の相対性から既判力が保証人に及ばないとして、保証人に対する強制執行を排除できないとすると、先の例と比較し、いささか抵抗を感せざるを得ない。
かゝる不合理は、先に述べた如く、民事訴訟法第二〇一条第二項を適用することによつて、合理的に、矛盾なく、解決することができるのである。
第二点
仮に民事訴訟法第二〇一条第二項が認められないとしても、判決の反射的効力により、主債務者の勝訴判決は、保証人に及ぶものと解すべきである、既判力の相対性は、民事訴訟法の構造が、弁論主義を採用している結果、第三者の裁判を受ける権利を保護していることから来ていることは第一点で述べた、問題は訴訟における法的安定、並に、紛争解決の一回性と、第三者の裁判を受ける権利との調和である、民事訴訟法第二〇一条第一項に
確定判決は当事者、口頭弁論終結後の承継人又はその者のため、目的物を所持するものに対しても効力を有す
と規定しているが、口頭弁論終結後の承継人又はその者のために、目的物を所持するものは、何等訴訟手続に関与していないし、又その機会もなかつた、若し、その者が、独自の訴訟を遂行すれば、或は異なつた結果が生じたかも知れない、即ち、裁判を受ける権利は侵害されているのである、それにも拘らず、既判力が、その者に及ぶ所以のものは、訴訟当事者が、攻撃防禦を馳駆して、充分審理を尽し、争う余地のなくなつた時点において、それ以降承継した第三者を、その手続に依存させ、手続的保証の不十分なことを棚上げして、法的安定及紛争解決の一回性との要求とを調和させたもの、換言すれば、訴訟の一当事者に対する第三者の依存と紛争解決の一回性を調和させたものに外ならぬ、此の様に、承継は依存関係の一態様に外ならぬ以上、承継がない場合でも保証債務の本質が附従性を有し、実体法上、主債務に依存関係が認められるから、民訴法第二〇一条第一項の趣旨から、既判力の拡張の一態様としても、判決の反射効としても、主債務者の勝訴判決の効力が、保証人に及ぶものと解するのが相当である、その際、債権者の裁判を受ける権利が、保証債務本質から侵されていないことは、第一点で詳述した通りである。
参照1 判例タイム二六一号判決の反射的効果
2 判例タイム二八一号判決効の主観的範囲拡大における法的安定と手続権保証との緊張関係と調和点
3 判例タイムズ三〇七号既判力の相対性について
原判決は
1 実体法上、主たる債務と保証債務とは別個独立の債務であることを力説し、被上告人勝訴の原因の一としているが、確かに、保証債務は、債権者と保証人間の保証契約によつて成立し、債権者と主債務者との契約とは独立のものではあるが、然し保証債務は本質的には他人の債務を支払うもので、他人の債務に依存していることは否定できない。
2 主たる債務者が、債務の存在を争つている場合、主たる債務の存在が否定された確定判決があつても、保証人が、主債務及保証債務の存在を認めて、債権者の請求を認諾し、債権者と和解し、自己の債務を認めて敗訴の給付判決を受けることはなんら差支ない
と判示しているが、固より保証人が客観的には主債務が存在しない場合でも、自ら、主債務の存在を認めて、債権者に債務の履行をすることは、保証人自由ではあるが(本質的には贈与も有り得る)本来、保証債務は、主債務者の債務を弁済するもの、換言すれば、その地位が主債務の存在することを条件とするものであり、現在本件では、保証人が保証債務の附従性を主張し、主債務が存在しないから、保証人に責任はないと争つているのであるから、原判決の此の点に関する指摘は意味がない。
3 保証人に確定判決がなされた後に、それと牴触する判決の効力を認め、之を先の確定判決に優先させることは、不合理であると判示しているが、固より両判決が牴触する場合、その内容ついて依存関係がないときは、その様に云い得るかも知れないが、本件の如く主債務者と保証人との間に依存関係のある様な場合は、両判決の前後によつて優劣を決すべきではなく、寧ろ、両判決の性質、内容如何によつて優劣を決すべきものである、保証債務の内容は、実質は主債務者の債務を支払うもので、附従性を有し、依存関係に在るから本質的には両判決は牴触しないと云うべきである。
以上述べた諸理由によつて、原判決は法令の解釈を誤つた違法の判決であるから、速かに、之を取消し、適正な御判決あらんことを御願いする次第である。